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東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)204号 判決 1988年2月25日

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 有賀正明

同 泉博

同 角南俊輔

同 古瀬駿介

同 冨永赳夫

同 栂野泰二

被告 日本弁護士連合会

右代表者会長 北山六郎

右訴訟代理人弁護士 杉野修平

同 満田繁和

同 下河辺和彦

同 春原誠

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立て

一  原告

1  被告が原告に対し昭和五四年一一月一日付けでした懲戒の処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

二  被告

主文と同旨の判決を求める。

第二主張

一  原告の請求の原因

1  原告は第二東京弁護士会に所属する弁護士であるが、被告は原告に対し、昭和五四年一一月一日付けで、「第二東京弁護士会がした原告を懲戒しない旨の決定を取り消す。原告を業務停止四月に処する。」旨の懲戒の処分(以下、これを「本件処分」という。)をし、本件処分は、同年一一月八日に原告に到達した書面により、原告に対して通知された。

2  しかしながら、本件処分は、次のとおり、その手続及び実体上の判断において違法なものというべきである。

(一) 本件処分の手続の違法性

(1) (異議申出人の資格についての判断を誤った違法)

被告は、第二東京弁護士会(以下「原弁護士会」という。)がした原告を懲戒しない旨の決定(以下、これを「原決定」という。)に対する新関勝芳らの異議の申出に基づき本件処分をしたが、弁護士法(以下単に「法」という。)六一条一項の規定によれば、右異議の申出をすることができる者は原弁護士会に対して原告の懲戒の請求をした者であるというべきところ、右懲戒の請求をした者は「東京地方裁判所長新関勝芳」であって、新関勝芳個人ではなく、右異議の申出の当時、新関勝芳は既に東京地方裁判所長の職になかったのであるから、同人は原決定に対して異議の申出をすることができないというべきである。したがって、被告が、原弁護士会に対して原告の懲戒を請求した者を新関勝芳個人であるとし、同人からの異議の申出に基づいてした本件処分は違法である。

(2) (不適法な異議の申出を認めた違法)

法六一条一項に規定する「弁護士会がその弁護士を懲戒しないとき」とは、懲戒の請求に係る事案が弁護士会の懲戒委員会の審査に付されて懲戒相当の議決がされた後、当該弁護士会がその議決内容に従った懲戒処分をしない場合のみをさすのであって、本件のように、原弁護士会の綱紀委員会において懲戒不相当の議決がされた場合には、原弁護士会はそもそも懲戒の手続を開始することができなかったのであるから、本件は右条項に規定する「弁護士会がその弁護士を懲戒しないとき」に当たらず、原決定に対して同条による異議の申出をすることはできないといわなければならない。したがって、被告が法六一条一項の解釈を誤り、原決定に対する不適法な異議の申出を認め、これに基づいてした本件処分は違法である。

(3) (綱紀委員会調査前置主義に反する違法)

法六〇条の規定により被告がみずから弁護士を懲戒する場合にも、法五八条二項に規定する綱紀委員会調査前置主義が妥当するというべきである。したがって、被告がその綱紀委員会の調査を経ないでした本件処分は違法である。

(4) (除斥期間の経過を看過した違法)

本件処分の対象となった行為は、昭和四四年一〇月二日の井口法廷及び同年一一月五日の岡垣法廷における原告の言動であるが、右各行為は、本件処分の当時、既にその行為の時から三年の除斥期間(法六四条)を経過している。したがって、右除斥期間が経過していることを看過してされた本件処分は違法である。

(5) (憲法三一条の適正手続の保障に反する違法)

① 被告(懲戒委員会)は、本件処分において問題となった井口法廷及び岡垣法廷における裁判長及び原告らの発言を録音した録音テープを東京地方裁判所により一方的に抹消されたため、原告が右録音テープに代わる証拠として申請した証人をすべて不採用とし、原告に対する審問期日を三回で打ち切り、右録音テープを聴取して懲戒不相当の判断を下した原弁護士会綱紀委員会の議決を不当として、これに基づく原決定を取り消した。右のような手続は、憲法三一条が規定する適正手続の保障に反する。

② 本件処分の手続においては、異議申出人の異議の申出の理由が明らかでなく、また、審議の対象が明確でなかったため、原告は全く防御権を行使することができず、本件処分は文字どおりの不意打ちであった。このような手続は、憲法三一条によって保障された適正手続に反するものである。

③ 被告は、本件処分において、その対象となった井口法廷及び岡垣法廷における原告の言動のみならず、東大裁判における原告の全行為を本件処分の実質的事由としている。これは、それらの全行為について既に除斥期間(法六四条)が経過していることを無視したものであり、憲法三一条の適正手続の原則に違反する。

④ 被告は、原告の内心を忖度し、原告の思想を勝手に推測し、これを本件処分の理由としている。これは、本件処分の手続において、被告は審議の対象を全く逸脱し、原告に防御の機会を与えなかったものというべきであって、このような手続は、憲法三一条の適正手続の原則に違反する。

(二) 本件処分の実体上の判断の違法性

(1) 被告は、昭和四四年一〇月二日の井口法廷及び同年一一月五日の岡垣法廷における原告の各行為が法五六条一項に定める懲戒事由に当たるとして、本件処分をした。しかしながら、右判断は、右各法廷における原告の行為に対する評価を誤っており、右各法廷における原告の行為は、正当な弁護活動であって、法五六条一項に規定する懲戒事由に該当しない。

(2) また、本件処分は、右井口及び岡垣両法廷における原告の言動にとどまらず、本件処分の理由中にいわゆる「全体的事実」なるものを懲戒の事由とし、さらに、原告の内心をも忖度し、その内面の思想を推し測り、これをも懲戒の事由としている。これは、思想の自由を保障した憲法一九条に違反する。

3  よって、原告は、本件処分の取消しを求める。

二  請求の原因に対する被告の認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の(一)について

(1)の事実中、原弁護士会が原告を懲戒しない旨の決定(原決定)をしたこと、被告が原決定に対する新関勝芳らの異議の申出に基づいて本件処分をしたこと、右異議の申出の当時、新関勝芳が東京地方裁判所長の職になかったこと及び被告が、原弁護士会に対して原告の懲戒を請求した者が新関勝芳個人であるとしたことは認め、その余は争う。

(2)の事実中、原弁護士会綱紀委員会において原告に対する懲戒不相当の議決がされたことは認め、その余は争う。

(3)の事実中、被告がその綱紀委員会の調査を経ないで本件処分をしたことは認め、その余は争う。

(4)の事実中、本件処分の対象となった行為が昭和四四年一〇月二日の井口法廷及び同年一一月五日の岡垣法廷における原告の言動であることは認め、その余は争う。

(5)の①の事実中、東京地方裁判所が被告に対して、本件処分において問題となった井口法廷及び岡垣法廷における裁判長及び原告らの発言を録音した録音テープを抹消した旨の回答をしたこと、被告懲戒委員会において原告が申請した証人がすべて不採用となったこと、右懲戒委員会における審査期日が三回であったこと、原弁護士会綱紀委員会の調査において、右録音テープの聴取がされたことは認め、その余は争う。

同②から④までは争う。

3  同2の(二)について

(1)の事実中、被告が昭和四四年一〇月二日の井口法廷及び同年一一月五日の岡垣法廷における原告の各行為が法五六条一項に規定する懲戒事由に当たるとして本件処分をしたことは認め、その余は争う。

(2)は争う。

三  被告の抗弁

1  本件処分の手続の適法性

(一) 異議申出人の資格について

原告に対する懲戒の請求は、昭和四四年一二月一九日原弁護士会に対し「東京地方裁判所長新関勝芳」名義をもってされたものであるが、原弁護士会は、地方裁判所長の職務権限の中に法五八条一項により懲戒の請求をする権限が含まれると解することができないこと、東京地方裁判所長及び新関勝芳に対する照会の結果、右懲戒の請求は新関勝芳が個人としてしたものであり、司法行政事務としてしたものでないことが明らかになったことから、右懲戒の請求をした者を新関勝芳個人と認めた。そして、被告も右認定を正当と判断し、この判断に基づいて、原決定に対する右新関勝芳からの異議の申出を受理し、本件処分をしたものであって、本件処分は適法な異議の申出に基づくものである。

(二) 法六一条一項の解釈及び「綱紀委員会調査前置主義」について

(1) 法六一条一項の解釈について

弁護士会が懲戒の請求を受けた弁護士を懲戒しない場合には、弁護士会がその綱紀委員会の懲戒不相当の議決に基づいて当該弁護士を懲戒しない場合と、その懲戒委員会の懲戒不相当の議決に基づいて当該弁護士を懲戒しない場合とがあるが、そのいずれの場合も法六一条一項が規定する「弁護士会がその弁護士を懲戒しないとき」に含まれることは、法文上明らかである。すなわち、同項は、法五八条一項の規定により弁護士に対する懲戒の請求があったにもかかわらず、弁護士会がその弁護士を懲戒しないときは、右請求をした者に上級機関である被告に対して不服申立てをすることを認めているが、これは、当該弁護士会の結論に誤りがある場合にこれを匡正し得る途をひらいておくことが、自治組織下における懲戒手続の公正を担保する手段として必要であるとの考えに基づくものであり、本件において、原決定に対する新関勝芳らの異議申出が適法であることは明らかであって、本件処分に法六一条一項の解釈を誤った違法はない。

(2) 「綱紀委員会調査前置主義」について

各弁護士会に対する懲戒請求事案については、当該弁護士会は、必ず綱紀委員会にその事案について調査をさせなければならないが(法五八条二項)、日本弁護士連合会(被告)が行う懲戒の手続については、そのような法の要請はない。すなわち、原告が主張する「綱紀委員会調査前置主義」なるものは、法において、各弁護士会が行う懲戒の手続についてのみ定められているものにすぎず、被告が行う懲戒の手続については、事案を綱紀委員会の調査に付するかどうかは被告の任意の判断に委ねられているのである(被告の改正前の懲戒手続規程四条)。したがって、本件事案につき被告がその綱紀委員会に調査を行わせなかったとしても、本件処分の手続が違法になるということはない。

(三) 除斥期間について

被告が本件処分の対象とした原告の行為は、昭和四四年一〇月二日の井口法廷及び同年一一月五日の岡垣法廷における原告の各言動であるが、被告は、右各法廷における原告の言動があった日から三年を経過する前の昭和四七年八月三〇日に、原告の右各言動につき被告の懲戒委員会の審査に付し、もって懲戒の手続を開始しているのであるから、本件処分に法六四条が規定する除斥期間の経過を看過した違法はない。

(四) 「適正手続違反」について

(1) 本件処分の証拠調べの手続に違法はない。

被告懲戒委員会における審査の手続については、審査を受ける弁護士は、審査期日に出頭し、かつ、陳述することができる旨法律上規定されているが(法六七条二項)、その他の手続すなわち証拠の採否、証拠調べの範囲・方法等については何らの規定がなく、これらの手続はすべて右懲戒委員会の判断に委ねられているものと解すべきである。右審査の手続において、被告懲戒委員会が、本件処分の対象となった井口法廷及び岡垣法廷における原告の発言内容等を録音した録音テープを聴取できなかった(右委員会の照会に対し、東京地方裁判所からは、右録音テープは既に消去された旨回答された。)としても、右録音テープを聴取した結果は原弁護士会綱紀委員会の調査結果に現われており、また、原告が右録音テープに代えて申請した証人は、いずれも原弁護士会綱紀委員会において出頭を求めたが出頭の協力を得られなかった証人であって、被告懲戒委員会における審査の手続において右証人調べが実現する可能性はなかったというべきである。したがって、原告が申請した右証人を採用しなかったが、原告に対する審尋を特に重視し、原弁護士会綱紀委員会に提出されたすべての証拠資料を含む関係資料を検討してされた本件処分の証拠調べの手続に憲法三一条に反する違法はない。

(2) 原告に防御の機会を与えなかった違法はない。

本件処分の手続において、被告懲戒委員会が審査の対象としたのは、原弁護士会がした原告を懲戒しない旨の決定(原決定)の当否である。右委員会は、この点を明確にするため、原告及びその弁護人らに対し、注意的に昭和五四年七月三日付けの「お知らせ」と題する書面で、次の内容を通知している。

「来る昭和五四年七月一八日の審尋期日において貴殿(弁護人を含む)から、特にお聞きしたい点は次のとおりですのでお知らせ致します。

一、第二東京弁護士会綱紀委員会の議決書のうち、『第五 調査の結果 四、当委員会の認定事実 (二)(8)乃至(11)』の項で、各法廷における経緯事実を認定していますが、右のうち、貴殿にとって特に不利益に認定されていると感ぜられる事実があればその部分を中心にした事実ならびに意見の開陳。

二、問題とされている四つの法廷における言動が、その実質上の評価如何に拘りなく、弁護士法第六四条による除斥期間を既に経過していると見るべきかどうかの見解について。」

被告懲戒委員会における審査の対象は明白であり、かつ、同委員会は、原告及びその弁護人に対し、各別に右書面を送付して防御を促しているのであって、原告が主張するように「防御の機会を全く与えなかった」などということはない。

2  本件処分の実体上の判断の適法性

(一) 原告に対する懲戒の事由は、次のとおりである。

原告は、昭和四四年一月一八日及び一九日の両日に東京大学構内において逮捕され、兇器準備集合罪等の罪名により起訴された多数の学生、労働者らの弁護人の一人として弁護活動に従事していたが、右事件の被告人らの意思があくまでも統一公判を要求し、分離公判粉砕のため出廷拒否の戦術も辞さない態度の極めて強固なることを確認すると、分離公判廷での実質的弁護活動は一切行わず、また、被告人不在の法廷には出頭または在廷しない方針のもとに、分離公判拒否の意図をもって次のような言動を行った。これは、法五六条一項に規定する弁護士の品位を失うべき非行に該当する。

(1) 原告は、昭和四四年一〇月二日午前一〇時一〇分過ぎころ、東京地方裁判所刑事第七〇一号法廷(裁判長井口浩二)に乙山春夫ほか一五名に対する兇器準備集合、建造物侵入、公務執行妨害被告事件の弁護人の一人として出頭した。そして、同法廷に入廷した井口浩二裁判長が、着席直前、傍聴人のうち起立しなかった者に対して、法廷においては訴訟関係人のみならず傍聴人もまた裁判官の入退廷においては起立し、送迎するのが慣行であるとして起立を促し、右傍聴人をいったん起立させた後、裁判官ほか各関係人らは着席したが、当日出頭した被告人丙川夏夫、同丁原秋夫、同戊田冬夫及び同甲田松夫らが法廷内被告人席前方に佇立したままでいるので、裁判長は、右被告人らに対し、審理を始めるから被告人席へ着席するよう再三にわたって促したが、右被告人らが依然佇立したままであったため、裁判長は、法廷内で裁判長の指示に疑わないと退廷させる旨告げ、その命令に従わないので、右被告人らに対し退廷を命じたところ、丙田弁護人が「東大事件ではあらゆる法廷で被告人諸君は被告人席に腰をかけていません。あなただけじゃないですか、こういうことを言われるのは。そういう問題で被告人の主張を聞けないじゃないですか。あなたの信念は結構ですよ。だけどそのためにあなたはどうして被告人の出頭する権利をふみにじられるのですか」などと述べ、裁判長が、「私がこの法廷を主宰しておるのです。起立着席ということは一挙手一投足のね、何ら主義主張に関係のない極めて簡単なことであって、何ら関係人の権利を害するものではない」旨を述べると、原告は、「一挙手一投足というが、あなたは一挙手一投足に至るまで強制するんですか」などと述べた。

これに対し、裁判長が、「法廷では裁判官の入退廷には起立をして送迎すること、それから裁判所の訴訟指揮に従うこと、それだけです」と述べ、さらに「これだけのことを守ってもらわないことにはルールに乗ってこない」と言うと、原告は、「ルールというのはそういうことではないでしょう。あなたは傍聴人を起立しないというだけで退廷させた。傍聴人が起立しないということがどういう審理の妨げになるのですか」などと述べ、裁判長が、「弁護人も同じです。あなたが私の着席という命令に従わなければ直ちに退廷させますよ」、「あなたはこの間も私と問答しましたね」と言うと、原告は、「覚えていますよ。あなたがあなたの趣味によって憲法をふみにじっているということを私は言っている」、「憲法の公開の原則というのはどうなんですか」などと述べ、裁判長が、「機会を十分に与えている」、「すべて法を主宰するということは慣行を維持しようと思ったら命令を出すより仕方がない。条理の問題ですよ。とにかく傍聴したいと思ったら裁判所の訴訟指揮に従うのが根本原則である」と述べたのに対し、原告は、「そういう訴訟指揮ができるかどうかが問題なんです」、「傍聴人が立たないというだけで退廷させる裁判官なんかいませんよ。あなたは慣行といったでしょう。ところがわれわれには慣行ではない」と述べ、さらに裁判長に対し、「答えなさい」などと言ったため、裁判長から発言を禁止された。

そして、丙田弁護人が「また今日同じ問題が起きているじゃないですか」と言い、裁判長が「一つの問題にはいろんな考え方がある。しかしながらその問題について裁判所が裁定を下した以上それに従わなければいかん。それは根本的な法廷のルールだ」と述べたの対し、原告は、「条理と先程いわれましたね。法的根拠なしにですか」と言い、さらに「法的根拠なしにでも従わなくちゃいけないんですか。あなたの訴訟指揮はあらゆる法律、憲法に優先するんですか」などと述べたため、裁判長から発言を禁止され、拘束を命じられた。

(2) 原告は、昭和四四年一一月五日東京地方裁判所刑事第七〇二号法廷(裁判長岡垣勲)に、乙田竹夫ほか八名にたいする兇器準備集合等被告事件の弁護人の一人として出頭したが、午前一〇時五分の開廷後間もなく、「この分割公判は違法である。これは裁判に値しない。」と発言し、裁判長が繰り返し発言を禁止して訴訟手続を進行しようとしたにもかかわらず、原告はなお右同趣旨の発言を続けたので、裁判長は、「何十回、何百回となく自分の立場を主観的、一方的に主張するのは間違いです。野球で言えば場外からピッチングをしているようなもの。不毛な議論はもういたしません」、「今までのことは悪うございましたとあやまるべきです」などの趣旨を述べたところ、これに対し原告ら各弁護人は一せいに立ち上がり、「あやまる理由はない」などと応酬して発言を続けたため、裁判長は、原告らの発言を禁止し、着席を命じた。ところが、原告は、なおも右命令に従わず、立ち上がったまま発言を続け、他の弁護人らもこれに同調し、総立ちとなって発言したため、裁判長は再び発言禁止、着席を命じた。しかし、原告らは依然として立ち上がったまま発言を続け、裁判長の訴訟指揮に従わなかったので、原告を含む全弁護人は、裁判長から一〇時二〇分退廷拘束を命じられた。

(二) したがって、原告の昭和四四年一〇月二日の井口法廷及び同年一一月五日の岡垣法廷における各行為が法五六条一項に規定する懲戒事由に該当するとして原告を懲戒した本件処分は適法である。

被告懲戒委員会の議決書中には、原告の右各法廷の言動の背景事実に関する記述もみられるが、本件処分の対象となったのは右各法廷における原告の言動であって、背景事実そのものが処分の対象となっていないことは明らかである。したがって、原告が主張するように、本件処分が原告の「内面の思想を推し測り、これをも懲戒の事由としている」などということはなく、本件処分が憲法一九条に違反しているということはない。

四  抗弁に対する原告の認否及び主張

1  抗弁1(一)の事実中、昭和四四年一二月一九日、原弁護士会に対し、「東京地方裁判所長新関勝芳」名義をもって原告に対する懲戒の請求がされたことは認め、その余は争う。

懲戒の請求をした者が誰であるかは、懲戒請求書に誰が懲戒請求人として表示されているかによってのみ定まるものといわなければならない。本件懲戒請求書には、まず「東地裁総庶第三三二号」という公文書番号が頭書され、作成名義人として「東京地方裁判所長 新関勝芳」という表示があり、その下には東京地方裁判所長の公印が押捺されている。さらに、請求の理由中にも、「第一審裁判所の司法行政の任にあたる者として」とか、「伝統ある東京地方裁判所の名誉を守り」などの文言が使用されている。懲戒請求書の記載による限り、「東京地方裁判所長 新関勝芳」が原告の懲戒を請求した者であること明白であり、新関勝芳個人は、原決定に対して異議の申出をすることができないのである。

2  同1(二)は争う。

弁護士の懲戒は、その弁護士の所属弁護士会が、懲戒委員会の議決に基づいて行うものとされているから(法五六条二項)、懲戒委員会の議決に基づかない懲戒処分はあり得ない。そうすると、異議の申出の対象となるのは、懲戒委員会が「懲戒せず」の議決をし、弁護士会がこれに基づいて、懲戒の請求をされた弁護士につき懲戒しないという処分をした場合におけるその処分ということになる。すなわち、本件のように綱紀委員会で懲戒不相当の議決がされた場合には、原弁護士会はその事案を懲戒委員会の審査に付することができない(法五八条三項)のであるから、この場合につき異議の申出をすることはできないのである。

3  同1(三)は争う。

被告は、被告が本件事案をその懲戒委員会の審査に付した時をもって原告に対する懲戒の手続が開始された時に当たるとしているが、不当である。すなわち、異議の申出に係る審査の対象は、第一次的には原弁護士綱紀委員会がした懲戒不相当の議決の当否であるから、審理の結果、右綱紀委員会の懲戒不相当の議決が不当であるとの結論が得られた後に懲戒委員会の実質的審査が開始されることになり、法六四条の関係では、この時に「懲戒の手続」が開始されたことになるというべきである。被告の取扱いによれば、本件のように、原弁護士会の決定に対する異議の申出があっただけで、被告の懲戒委員会の審査に付され、「懲戒の手続」が開始されることになるが、このような取扱いは、綱紀委員会の調査の後に懲戒委員会の審査に付されるという弁護士法の根本原則を否定するものであり、また、実際問題としても、「懲戒の手続」に付された弁護士は、その手続が結了するまで登録換え又は登録取消しの請求をすることができない(法六三条)などの不利益を受けるのであるから、その不当性は明らかである。

4  同1(四)、(1)は争う。

同(2)の事実中、被告主張のとおり、「お知らせ」と題する書面でその主張する内容の通知がされたことは認め、その余は争う。

被告が本件処分の理由とするところは、原告が「弁護団の基本方針に従ったこと」及び「分離公判拒否の意図をもって事実行為たる言動を執拗に繰り返し」たことによって、「当該公判の進行に重大なる支障を来たさせるなど、裁判の威信を著しく傷け、結局自我の目的を一応達成したという全体的事実」が本件懲戒の当否を判断するうえで重要であり、井口・岡垣両法廷における原告の言動は右の「全体的事実の一駒」にすぎないというのであって、被告は、本件処分の対象を原告が東大裁判において行った全弁護活動に、その具体性を欠いたまま拡大している。その結果、他の弁護人の活動、弁護団の見解、被告人らの思想や法廷での言動なども、その具体性が明らかにされないまま、原告の懲戒の当否を決する事由とされるに至った。これは、原告に何らの防御の機会を与えず、「不意打ち」によって本件処分を行ったものにほかならない。

5  同2(一)及び(二)は争う。

被告懲戒委員会の議決書において、本件処分の対象であるはずの井口・岡垣両法廷における原告の言動について言及されている箇所は、わずか数行にすぎず、その実体上の判断のすべては、被告がいうところの「背景事実に関する記述」で占められており、それこそが本件処分の対象なのである。すなわち、本件処分の対象は、右議決書中の次の記載に集約されており、それが原告に対する懲戒の理由となつている。

「本案件においては、各法廷における裁判所と相手方との間に交わされた問答の片言双句を捉えて逐一これを論証することもさることながら、むしろ相手方が弁護団側の基本方針に従い、分離公判拒否の意図を以て事実行為たる言動を執拗に繰り返し、よって当該公判の進行に重大なる支障を来たさせるなど、裁判の威信を著しく傷つけ、結局自我の目的を一応達成したという全体的事実の一駒としてこれを把握し、判断を加えることの方が事実の真相に近いと謂うべきである。」

(議決書四三~四四頁)

そして、右懲戒委員会は、東大裁判の被告人ら及び弁護人らが主張した統一公判について、「全くその場所をわきまえない筋違いの論法である」(議決書三四頁)、「被告人等の要求する統一公判なるものは、その目的において現行法体制上認め難いものである」(同四〇頁)と決めつけ、原告が弁護人として統一公判を要求したことは、「不法目的実現に奉仕せんとする」(同四一頁)ものであったと断定した。

したがって、本件処分は、井口・岡垣両法廷における原告の言動ではなくて、具体的事実の認定を全く伴わない抽象的な「全体的事実」なるものをその処分の対象としていることが明白である。さらにまた、被告は、本件処分において、原告の内心を忖度し、その内面の思想を推し測り、これを懲戒の理由としている。それは前期引用のなかの「結局自我の目的を一応達成したという全体的事実の一駒としてこれを把握し、判断を加えることの方が事実の真相に近いと謂うべきである。」という箇所に端的に示されている。

以上のように、本件処分は、その「審議の対象」を全く逸脱した理由でされている点において、適正手続の保障(憲法三一条)に違反しているが、原告の内面の思想を処分の対象としている点において、思想の自由を保障した憲法一九条に明らかに違反している。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、まず、原告が主張する本件処分の手続上の違法事由の有無について判断する。

1  異議申出人の資格について

(一)  法六一条一項の規定によれば、同項所定の場合に被告に対して異議の申出をすることができる者は、法五八条一項の規定により弁護士会に対して懲戒の請求をした者でなければならないところ、原告は、本件において原弁護士会に対して原告の懲戒を請求した者は「東京地方裁判所長新関勝芳」であって新関勝芳個人ではないから、同人からの異議の申出に基づく本件処分は違法である旨を主張し、これに対して被告は、その抗弁1(一)において、原弁護士会に対して原告の懲戒を請求した者は新関勝芳個人であるから、同人からの異議の申出に基づいてされた本件処分は適法である旨を主張する。

(二)  よって判断するに、請求原因2(一)(1)の事実中および右請求原因に対する抗弁1(一)の事実中、昭和四四年一二月一九日、原弁護士会に対し、「東京地方裁判所長新関勝芳」なる名義をもって原告に対する懲戒の請求がされたこと、被告が原決定に対する新関勝芳らの異議の申出に基づいて本件処分をしたこと、右異議の申出の当時、新関勝芳が東京地方裁判所長の職になかったこと及び被告が原弁護士会に対して原告の懲戒を請求した者が新関勝芳個人であるとしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

右争いのない事実と《証拠省略》とによれば、次の事実を認めることができる。

(1) 昭和四四年一一月五日および同月六日付けで神戸弁護士会所属弁護士丁田梅夫から、並びに同年一二月一九日付けで東京地方裁判所長新関勝芳なる名義をもって、いずれも原弁護士会に対し、原告の懲戒が請求された。右各請求の理由とするところは、いずれも原告の昭和四四年六月二六日の東京地方裁判所刑事第五〇六号法廷(裁判長門馬良夫。以下「門馬法廷」という。)、同年七月一一日の同第七〇一号法廷(裁判長清水春三。以下「清水法廷」という。)、同年一〇月二日の同第七〇一号法廷(裁判長井口浩二。以下「井口法廷」という。)及び同年一一月五日の同第七〇二号法廷(裁判長岡垣勲。以下「岡垣法廷」という。)における各言動が法五六条一項所定の懲戒事由に当たるとするものである。

(2) ところで、原告は、右懲戒請求のうち東京地方裁判所長新関勝芳なる名義の請求について、それが東京地方裁判所長からされたものか、又は新関勝芳からされたものかを問題とし、原弁護士会綱紀委員会に対してその旨の釈明を求め、右委員会もこの点を疑問として、昭和四五年一二月五日付けで東京地方裁判所長に対し、右懲戒の請求をすることが司法行政事務に含まれるものと考えるべきかどうかについて、その意見を照会した。

右照会に対しては、同年一二月八日付けで東京地方裁判所長(長谷部茂吉)から、右懲戒の請求は「当時の新関勝芳東京地方裁判所長が、弁護士法第五十八条第一項にもとづき個人としてその請求をしたものであって、東京地方裁判所の司法行政事務としてこれをしたものではない」旨の回答があり、また、新関勝芳からは、右委員会への出席要求に対する回答書(昭和四六年四月六日付け)中において、同旨の見解が述べられた。

(3) しかし、前記請求を記載した懲戒請求書には、「東地裁総庶第三三二号」の公文書番号が付され、「東京地方裁判所長」の肩書の下に所長の公印が押捺され、かつ、その文面には「当職は、第一審裁判所の司法行政の任にあたる者として……懲戒の請求をする」との文言があるなど、右懲戒請求書が公文書の形式をもって作成されていたことから、原告はなおも新関勝芳の懲戒請求者としての資格を問題とし、前記委員会に対して右の点につき委員会としての見解を明らかにするよう求めた。

このため、同委員会は、昭和四六年四月二三日付けで東京地方裁判所長及び新関勝芳に対し、右のような公文書を個人が作成する権限をどのように理解すべきか、この場合「個人」とは一私人と法律上性質を異にするか、また、所長個人の転任、退職は懲戒請求人の地位に影響するかどうかにつき、再度意見を照会した。

右照会に対する昭和四六年五月四日付けの東京地方裁判所長(長谷部茂吉)からの回答は次のとおりであり、また、同日付けの新関勝芳からの回答もこれと同旨である。

「本件懲戒請求は、当時の新関勝芳東京地方裁判所長が、弁護士法第五十八条第一項にもとづき個人としてその請求をしたものであって、東京地方裁判所の司法行政事務としてこれをしたものではないが、他方、それはもとより東京地方裁判所長としての公的立場においてなされたものであり、一私人としての行為ではない。

新関勝芳東京地方裁判所長の転任等が懲戒請求人の地位に影響を及ぼすかどうかは、ひっきょう現行弁護士法の解釈に帰する問題であるから、しばらく貴会のご判断に委ねたいが、本件請求がみぎのとおり東京地方裁判所長としての公的立場においてなされたものであることに注目すれば、新関所長の転任により請求人の地位は後任所長が引き継ぐに至るものと考えることが適当であろうと思料される。」

(4) 以上のような調査を踏まえて、原弁護士会綱紀委員会は、原弁護士会に対して懲戒の請求をした者を新関勝芳(個人)であると認定判断した。その理由の要旨は、「照会により明らかになったところによれば、本件申立は裁判所の司法行政事務とは関係なく個人としてなされたというのであるから所長の権限の有無には関係のないことであり、且つそれ以上申立人の内心を忖度したりこれに反する取扱いをしなければならない格別の理由はない。」(乙第二七六号証中の同委員会議決書)とするものである。

そして、原決定に対しては、昭和四七年五月二四日付けで新関勝芳から、及び同月二九日付けで丁田梅夫からそれぞれ原決定を不服として異議の申出がされたが、被告(懲戒委員会)も原弁護士会綱紀委員会の右判断を正当と認め、原決定に対する新関勝芳からの右異議の申出を適法と認めたが、その理由は、右綱紀委員会が示した前記理由と同旨であり、なお、右綱紀委員会の再度の照会に対する東京地方裁判所長及び新関勝芳からの前記各回答にも触れて、右各回答で述べられている見解に対し、「弁護士法上、『転任・退職等によってその地位が後任者に引き継がるべき公的私人』などという懲戒申立上の特殊の地位・資格を認める余地も、必要もないものと謂うべく、従ってかかる見解は当委員会の採らざるところである。」との判断が示されている(乙第二七六号証。被告懲戒委員会議決書)。

以上の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

(三)  右認定の事実によれば、原弁護士会綱紀委員会に対する東京地方裁判所長及び新関勝芳の前記各回答が述べるとおり、原弁護士会に対する原告の懲戒の請求は、東京地方裁判所長がその司法行政事務としてしたものでなく、新関勝芳が個人としてしたものと認めるのが相当である。もっとも、叙上認定のとおり、原弁護士会綱紀委員会からの再度の照会に対して、東京地方裁判所長及び新関勝芳は、右懲戒の請求は、「個人としてその請求をしたもの」であると述べ、かつ付加して、「それはもとより東京地方裁判所長としての公的立場においてなされたものであり、一私人としての行為ではない」旨の見解をも述べているが右付加にかかる見解は、叙上認定説示の事実関係に照らすと「個人としてその請求をした」その動機・縁由、その請求の重要性について述べたものと解するのが相当であって、新関勝芳が当時東京地方裁判所長としての公的立場にあったからといって、同人が個人として原告の懲戒を請求した地位がその後任者(東京地方裁判所長)に引き継がれるべきものと解することはできないから、被告(懲戒委員会)が叙上認定のような判断・理由の下に、原弁護士会に対して原告の懲戒を請求した者が新関勝芳個人であるとしたのは相当であるというべきである。

原告は、懲戒の請求をした者が誰であるかの判断は、懲戒請求書に誰が懲戒請求人として表示されているかによるべきであり、叙上認定のような懲戒請求書の記載による限り、右請求をした者は「東京地方裁判所長新関勝芳」である旨を主張するが、右判断に当たっては、懲戒請求書の記載のほか、当該懲戒の請求をした者の意思もまた重視されるべきであり、叙上説示認定のとおり、原弁護士会による新関勝芳本人を含む関係者の意思確認の結果、原弁護士会に対して原告の懲戒の請求をした者は新関勝芳個人であることが判明したのであるから、右請求をした者を「東京地方裁判所長」であるとする原告の右主張を採用することはできない。

そうすると、被告が原弁護士会に対して原告の懲戒の請求をした者を新関勝芳(個人)であると認め、原決定に対する同人からの異議の申出に基づいて本件処分をしたのは適法であって、本件処分には、原告が主張する異議申出人の資格の判断を誤つた違法はない。

なお、付言するに、叙上認定のとおり、本件処分は、新関勝芳のほか丁田梅夫の異議の申出にも基づくものであり、両名の原告に対する懲戒の請求の理由は同一であるから、本件処分は、右丁田梅夫の適法な異議の申出(この点は叙上認定の事実から明らかである。)にも基づく(手続上)適法な処分である。

2  法六一条一項の解釈及び「綱紀委員会調査前置主義」について

(一)  法六一条一項の解釈について

原弁護士会綱紀委員会が原告に対する懲戒不相当の議決をし、原弁護士会が原告を懲戒しない旨の決定(原決定)をしたことは当事者間に争いがなく、そして、原決定が右懲戒不相当の議決に基づくものであることは、《証拠省略》によって明らかであり、右決定に対し、原弁護士会に対して原告の懲戒を請求した新関勝芳及び丁田梅夫がそれぞれ異議の申出をしたことは叙上認定のとおりである。

しかるところ、原告は、法六一条一項に規定する「弁護士会がその弁護士を懲戒しないとき」とは、懲戒の請求に係る事案が弁護士会の懲戒委員会の審査に付されて懲戒相当の議決(又は懲戒不相当の議決)がされた後、当該弁護士会がその議決内容に従った懲戒処分をしない場合(又は懲戒不相当の議決に従い懲戒不相当の処分をした場合)のみをさすのであり、本件のように、原弁護士会の綱紀委員会において懲戒不相当の議決がされた場合には、原弁護士会はそもそも懲戒の手続を開始することができなかったのであるから、本件は右条項に規定する「弁護士会がその弁護士を懲戒しないとき」に当たらず、原決定に対して同条による異議の申出をすることはできないから、本件処分は、不適法な異議の申出に基づく違法な処分である旨を主張する。

しかしながら、被告が抗弁1(二)の(1)において主張するとおり、法六一条一項は、法五八条一項の規定により「弁護士に対する懲戒の請求があったにもかかわらず、弁護士会がその弁護士を懲戒しないとき」について、右懲戒の請求をした者に広く被告に対する不服申立ての途を認めたものというべきであり、同項が規定する「弁護士会がその弁護士を懲戒しないとき」とは、弁護士会がその懲戒委員会の懲戒不相当の議決に基づいて当該弁護士を懲戒しない場合のみならず、弁護士会がその綱紀委員会の懲戒不相当の議決に基づいて当該弁護士を懲戒しない場合をも含むと解すべきであって、原告が主張するように、同項が前者の場合(原告の主張によれば、その他、懲戒委員会の懲戒相当の議決があった後、弁護士会がその議決内容に従った懲戒処分をしない場合)のみを規定したものと解すべき理由はなく、原告の右主張は独自の見解であり、採用することができない。

したがって、原決定に対する前記異議の申出はいずれも法六一条一項に基づく適法な異議の申出というべく、本件処分には、原告が主張するような右条項の解釈を誤った違法はない。

(二)  「綱紀委員会調査前置主義」について

被告が本件処分を被告の綱紀委員会の調査を経ないでしたことは当事者間に争いがなく、また、本件処分が法六一条、六〇条の規定を適用してされたものであることは弁論の全趣旨によって明らかである。原告は、法五八条二項が規定する綱紀委員会調査前置主義は、被告が法六〇条の規定によりみずから弁護士を懲戒する場合にも妥当するところ、本件処分は綱紀委員会の調査を経ないでされた違法な処分である旨を主張する。

しかしながら、各弁護士会に対する懲戒請求事案については、当該弁護士会は、必ず綱紀委員会にその調査をさせなければならないが(法五八条二項)、日本弁護士連合会(被告)が行う懲戒の手続について法律上そのような手続を定めた規定はなく(被告については、各弁護士会と異なり、法七〇条のように綱紀委員会の設置を義務づけた規定はない。もっとも《証拠省略》によれば、被告は、本件処分の当時、その会則により綱紀委員会を設置し、また、その懲戒手続規程第四条において、「連合会は、弁護士についてみずからこれを懲戒することを適当と認めるときは、日本弁護士連合会綱紀委員会(以下綱紀委員会という。)に対し、その事案の調査を請求することができる。連合会は、弁護士法第六十一条第一項の規定による異議の申立について適当と認めるときは、綱紀委員会に対し、その事案の調査を請求することができる。」旨を規程していたことが認められる。)、被告が行う懲戒の手続については、その会則上の設置に係る綱紀委員会に事案を調査させるかどうかは、被告の任意の判断に委ねられているものと解すべきであるから、原告の右主張は理由がなく、採用することができない。

したがって、本件処分には、原告が主張する「綱紀委員会調査前置主義」に反する違法はない。

3  除斥期間について

原告は、被告が本件処分の対象とした原告の行為は、昭和四四年一〇月二日の井口法廷及び同年一一月五日の岡垣法廷における原告の各言動であるところ(この事実は、当事者間に争いがない。)、右各行為は、本件処分の当時(本件処分が昭和五四年一一月一日にされたことは、前叙のとおり当事者間に争いがない。)、既に行為の時から法六四条が規定する三年の除斥期間を経過しているので、本件処分は右除斥期間の経過を看過してされた違法な処分である旨を主張し、これに対して被告は、その抗弁1(三)において、被告は本件事案を昭和四七年八月三〇日に被告懲戒委員会の審査に付し、もって懲戒の手続を開始しているのであるから、本件処分に右除斥期間の経過を看過した違法はない旨を主張する。

よって判断するに、右争いのない事実と叙上説示認定の事実及び《証拠省略》によれば、原弁護士会に対し、原告について懲戒の事由があるとしてその懲戒を請求された行為は、原告の昭和四四年六月二六日の門馬法廷、同年七月一一日の清水法廷、同年一〇月二日の井口法廷及び同年一一月五日の岡垣法廷における各言動であるところ、原弁護士会は右懲戒請求に係る事案につき原告を懲戒しない旨の決定(原決定)をし、右決定に対して、右懲戒の請求をした新関勝芳及び丁田梅夫からこれを不服として昭和四七年五月にそれぞれ被告に対する異議の申出がされたこと、被告は、右異議の申出を受理した後の昭和四七年八月三〇日、右異議の申出に係る事案につき被告懲戒委員会に審査を求めた(審査委嘱)こと、なお右委員会は、右事案のうち昭和四四年六月二六日の門馬法廷及び同年七月一日の清水法廷における原告の各行為は、その行為があった日から右委員会の審議に付託された昭和四七年八月三〇日までに既に三年の除斥期間を経過しているとして、右各行為については懲戒の手続を開始しない旨の判断を示したこと、以上の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

右認定の事実によれば、被告は、原決定に対する異議の申出がされた後、昭和四七年八月三〇日に右異議の申出に係る事案(いうまでもなく、それは懲戒の請求に係る事案でもある。)につき被告懲戒委員会にその審査を求めているのであるから、この時には、本件処分の対象となった原告の昭和四四年一〇月二日の井口法廷及び同年一一月五日の岡垣法廷における各行為について懲戒の手続が開始されたものというべきである。(なお、法六四条にいう「懲戒の手続」の開始時点の解釈については、(1)事件を受理し、立件した時、(2)事件が綱紀委員会の調査に付された時、又は(3)事件が懲戒委員会の審査に付された時とする見解などがあり得るが、弁論の全趣旨によれば、被告は、本件処分の当時、その会長から各弁護士会長あての通達により、これを「事件が懲戒委員会の審査に付された時」と解することに見解を統一していることが認められる。しかして、右各見解の当否はさておき、いずれにしても、本件においては、被告が右異議の申出に係る事案につき被告懲戒委員会にその審査を求めた時には、本件処分の対象となった原告の前記各行為について懲戒の手続が開始されたというべきことは明らかである。)

原告は、右異議の申出に係る審査の対象は原弁護士会綱紀委員会がした原告に対する懲戒不相当の議決であるから、審理の結果、右議決が不当であるとの結論が得られた後に被告懲戒委員会の実質的審査が開始されることになり、この時に法六四条にいう「懲戒の手続」が開始されたことになるというべきであって、被告の取扱いによれば、綱紀委員会の調査の後に懲戒委員会の審査に付されるという弁護士法の根本原則が否定されることになる旨を主張するが、被告が行う懲戒の手続につき原告が主張する「綱紀委員会調査前置主義」が妥当しないことは叙上説示のとおりであり、原告の右主張は独自の見解というべく、採用することができない。

そうすると、被告が原告に対する懲戒の手続を開始したと認められる昭和四七年八月三〇日の時点においては、本件処分の対象となった原告の昭和四四年一〇月二日の井口法廷及び同年一一月五日の岡垣法廷における各行為について法六四条所定の三年の除斥期間は経過していないから、本件処分には、原告が主張する除斥期間の経過を看過した違法はない。

4  「適正手続違反」について

(一)  まず原告は、被告(懲戒委員会)は、本件処分において問題となった井口法廷及び岡垣法廷における裁判長及び原告らの発言を録音した録音テープに代わる証拠として原告が申請した証人をすべて不採用とし、原告に対する審問期日を三回で打ち切り、右録音テープを聴取して懲戒不相当の判断を下した原弁護士会綱紀委員会の議決を不当として、右議決に基づく原決定を取り消したが、このような手続は、憲法三一条が規定する適正手続の保障に反する旨を主張する。

(1) よって検討するに、被告懲戒委員会において原告が申請した証人がすべて不採用となったこと、右懲戒委員会における審査期日が三回であったこと及び原弁護士会綱紀委員会において、原告が主張する録音テープの聴取が行われたことはいずれも当事者間に争いがなく、右争いのない事実と《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。

すなわち、叙上認定のとおり、新関勝芳らの原告に対する懲戒請求の事由は、原告の前記四法廷における言動であるところ、右懲戒請求に係る事案の調査を命じられた原弁護士会綱紀委員会は、その調査の必要上、東京地方裁判所に対して右各法廷の実況を録音した録音テープの聴取方を申し入れ、同裁判所の承諾を得て昭和四六年八月中及び同四七年三月中にその聴取を行ったこと、また、右委員会は同じく調査の必要上、昭和四六年七月及び八月に右各法廷の前記各裁判長に対し、右委員会の調査期日への出席方を要請したがその承諾を得られなかったこと、被告懲戒委員会も昭和五四年三月に東京地方裁判所に対し右録音テープの聴取及び転録方を申し入れたが、同裁判所からは、右録音テープはいずれも「再使用等により、当該部分は消去されている」旨の回答(昭和五四年七月の再度の照会についても同旨の回答)がされたこと、このため原告は同年七月一八日付けで、被告懲戒委員会に対し右各法廷の前記各裁判長(ただし、井口法廷については、井口浩二裁判長に代わり長谷川俊作裁判官)の証人換問を申請したが、同委員会は右申請を採用しなかったこと、原告及びその弁護人らに対しては、被告懲戒委員会からそれぞれ昭和五四年六月二九日、同年七月一八日及び同年九月四日の各審査期日への出頭方を要請する通知がされ、原告は右各期日に被告懲戒委員会に出頭して陳述し、その陳述内容についてはいずれも審尋調書が作成されたこと、なお、被告懲戒委員会は原弁護士会綱紀委員会において収集された資料を含む関係資料により、前記懲戒請求に係る事実のうち、井口法廷及び岡垣法廷における原告の各行為につき認定したが(門馬法廷及び清水法廷における原告の行為については、叙上認定のとおり、既に除斥期間が経過していると判断されたことにより、認定の対象から除外された。)、その認定事実は原弁護士会綱紀委員会が認定した事実と全く同一であること(その記載事実をそのまま引用している。後記認定の別紙四「被告懲戒委員会議決書(理由抜粋)」を参照)、以上の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

(2) ところで、原告の前記主張は、被告懲戒委員会の審査の手続、特にその証拠調べの手続の違法をいうものであると解されるところ、右委員会における審査の手続については、被告が抗弁1(四)の(1)において主張するとおり、法六七条二項は、「審査を受ける弁護士は、審査期日に出頭し、且つ、陳述することができる。」旨を規定しているが、右委員会における証拠調べの手続すなわち証拠の採否、証拠調べの範囲・方法等については法に何らの規定がなく、これらの手続を含む右委員会における審査の手続については、法に規定するほか、すべて右委員会の裁量による判断に委ねられているものと解すべきである。

しかるところ、右説示認定の事実に照らせば、被告懲戒委員会が原告の申請に係る前記各証人を採用して取り調べなかったこと及び右委員会が原告の陳述を聴く機会を三回にとどめたことが、右裁量の範囲を超え、又はその裁量権を濫用した著しく不合理なものということはできず、そのほか本件全資料を検討しても、右委員会の審査の手続を違法とすべき事由を認めるに足りる証拠はない。

したがって、原告の前記主張は理由がなく、採用することができない。

(二)  次に原告は、本件処分の手続においては、異議申出人の異議の申出の理由が明らかでなく、また、審議の対象が明確でなかったため、原告は全く防御権を行使することができず、本件処分は文字どおりの不意打ちであり、このような手続は、憲法三一条が規定する適正手続の保障に反する旨を主張する。

しかしながら、《証拠省略》及び叙上説示認定の事実によれば、本件処分は原決定に対する新関勝芳、丁田梅夫の異議の申出に基づくものであるところ、右異議の申出の理由が、原弁護士会がした原告を懲戒しない旨の決定(原決定)を不服とするものであったこと、すなわち原告の前記四法廷における言動が原告に対する懲戒の事由に当たるとするものであったことは明らかである。そうすると、被告が抗弁1(四)の(2)において主張するとおり、被告懲戒委員会における審理の対象が原決定の当否(懲戒の請求に係る懲戒事由の有無)であったことは明らかである。

そして、被告が右抗弁において主張するとおり、被告懲戒委員会は、昭和五四年七月三日付けの「お知らせ」と題する書面で原告及びその弁護人らに対して、原弁護士会綱紀委員会の認定に係る原告の前記各法廷における言動に関する事実等について意見の開陳を促し(この事実は当事者間に争いがない。)、また、叙上認定のとおり、原告は三回にわたり被告懲戒委員会の審査期日に出頭してその意見を陳述もしている(そのほか、《証拠省略》によれば、原告は被告ないし被告懲戒委員会に対し、その意見を詳細に記載した書面を提出している)のである。

その他本件全資料を検討するも、本件処分の手続において、審理の対象が明確でなく、原告は全く防御権を行使することができなかった旨の原告の右主張は、とうていこれを認めることはできず、採用することができない。

(三)  原告は、さらに、請求原因2(一)(5)の③及び④においても、本件処分の手続上の違法事由(「適正手続違反」)を主張するが、その主張は、いずれも本件処分の実体上の判断の適法性の有無と関連するから、右主張については、右適法性の有無についての後記判断に際し判示することとする。

三  次に、原告が主張する本件処分の実体上の判断における違法事由の有無について判断する。

1  原告に対する懲戒の事由について

(一)  被告は、その抗弁2(一)において、原告の昭和四四年一〇月二日の井口法廷及び同年一一月五日の岡垣法廷における各言動は法五六条一項所定の懲戒事由である弁護士の品位を失うべき非行に当たる旨を主張するところ、右抗弁2(一)(1)記載の井口法廷における原告の言動に関する主張事実((一)の冒頭記載部分を除く。)は、《証拠省略》により、すべてこれを認めることができ(ただし、右主張事実中、原告の「あなたの趣味によって憲法をふみにじっている」旨の発言は、原告本人尋問の結果により、「あなたの主義によって憲法をふみにじっている」旨の発言の誤りであると認める。)、この認定を覆すに足りる証拠はない。

また、右抗弁2(一)(2)記載の岡垣法廷における原告の言動に関する主張事実((一)の冒頭記載部分を除く。)は、《証拠省略》を総合して、すべてこれを認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

そして、《証拠省略》によれば、原告は、右井口法廷における言動につき、昭和四四年一〇月二日法廷等の秩序維持に関する法律にもとづき監置五日に処する旨の決定を受け、右決定は同月八日確定したこと、また、右岡垣法廷における言動につき、昭和四四年一一月五日右法律に基づき監置三日に処する旨の決定を受け、右決定は同月一一日確定したことがそれぞれ認められ、この認定に反する証拠はない。

(二)  しかして、原告が右認定のような言動を行うに至るまでの経緯・経過については、《証拠省略》を総合して、次の事実を認めることができる。

(1) 昭和四四年一月一八日及び一九日の両日、東京大学構内において多数の学生らが逮捕され、東京地方裁判所に対し、凶器準備集合罪等の罪名により公訴が提起されるに至った。この間に被疑者・被告人らの弁護人らにより「東大闘争弁護団」(以下単に「弁護団」という。)が結成され、原告もその一員として右被告人らの弁護活動に従事した。後に(昭和四四年一〇月)「東大裁判――問われているものは何か」の書名で弁護団により発刊された書物に収録されている別紙一の「東大闘争弁護団結成趣意書」(昭和四四年二月一三日付け)によれば、弁護団結成の趣旨は、次のとおり述べられている。

すなわち、右結成趣意書は、その冒頭において、「私たちは闘いの場としての裁判において、これまで弁護人として如何なる役割を果たしてきたのであろうか、その各人の主観的意図に反して、裁判所の恥ずべき随伴者たる位置を超えることができなかったのではないか。」と述べ、「五百人を越える前例のない大量起訴をなした検察庁およびかくも大量の“被告人”を審理しなければならなくなった裁判所は、裁判を円滑に処理するために東大闘争弁護団の協力をもっとも頼りにしているものと思われる。私たちは統一公判の追求において、裁判所といかなる妥協もありえないことをここに確認し、各人が深く肝に銘じておきたい。私たちが、東大闘争裁判における弁護人として最も恐れなければならないのは、闘いのポーズをとりながら裁判所の有能な廷吏の役割を演ずる結果に終ることである。東大闘争裁判が分離公判ではじめられることを私たちが許容したとき、すべては終りである。私たちは、もう一度確認する。今度こそ、裁判所との妥協を断固排撃する。」とし、「それでは、このようにして切りひらかれた統一公判の場において私たちは何を追求するのか。いまはこれだけのことを言っておこう。そこは権威と幻想によってささえられてきた擬制の学問、そしてそれをになってきた学者たちの死を告げる弔の鐘を高らかに打ち鳴らす場である。そしてそこはまた、日本の若者たちが未来を拓く一大集会場となるであろう。」と結ばれている。

(2) 前記起訴事件の審理方針をめぐっては、弁護団と東京地方裁判所側(横川敏雄及び戸田弘両刑事所長代行ら)との間で、昭和四四年二月二一日から同年四月三日までの間五回にわたり、交渉、協議が続けられた。

弁護団は、昭和四四年三月六日の第二回交渉において、弁護団の主張を明確にするため、裁判所側に対して別紙二の「意見書」を提出したが、その要旨は次のとおりである。

すなわち、まず、「東大闘争で起訴された青年諸君の一月一八日、一九日の行動は、一個の集団による共通の目的に向けられた全体的なものであった。しかるに検察官は、それらの諸君をばらばらに切り離し、その行動を細分化して「被告人」別に起訴状を構成し、かつ起訴の日時をずらして、東京地裁に公訴の提起をした。そして、このような態様の起訴に対応して、裁判所は起訴状を受理した事件係を通してそれぞれをあたかも独立した一事件であるかのように取扱い、各部裁判官のもとに機械的に配転したのである。」「われわれは、学生諸君らの意志にもとずき、去る二月二一日、東京地裁横川敏雄、戸田弘両所長代行に対し、いわゆる統一公判の要求をしたが、厳密にいえば、それは本件裁判においては、あくまで分離裁判に応ずる意志はないことの表明であることを、ここに明記しておきたい。」とし、そのいわゆる統一公判を要求する理由として、「東大闘争に参加し被告人とされた日本の青年達は、何故あのような行動を選択しなければならなかったのか。ここにこそ本件裁判において究明されなければならない真実が存する。その青年達の行動の意味は、起訴状に記載してあるような青年達個々人の身体的動作に解体された行為の断片のなかには存在せず、青年達の行動を全体として認識し、その行動の全体的状況を把握してはじめて明らかにすることができるのである。」「これまで、大量起訴の場合においてしばしば裁判の分離が比較的安易に許容されてきたのであるが、その一つの重要な原因として、裁判にたずさわる者の内には、裁判所(法廷)の場所的・物理的制約から分離もやむを得ないという意識が牢固として抜けがたかったことが考えられる。このような裁判の本質と本来かかわりのないことを理由として、分離裁判が容認され、その結果、真実追求が如何に妨げられてきたことであろうか。」と述べ、さらに、「裁判所が、被告人とされている諸君らの意思に反して分離を強行すれば、本来国家によって一個の判断がなされるべき裁判において、分離された裁判の数に応じていくつもの「全体的認識」が存在することになり、それが真実の発見とはおよそ遠いものであることは明らかである。また、本件公訴提起をなした検察官も、被告人となった諸君の行動を組織的・集団的なものとしてとらえ、これを全体的に評価して起訴しているのであるから、これに対しても裁判所が一個の統一された判断を下すべきであろう。」というのである。

これに対して、裁判所側からは、昭和四四年四月三日の第五回交渉において、別紙三の「東大関係事件の取り扱いに関する基本方針」が示されたが、その要旨は次のとおりである。

すなわち、「刑事裁判において、一般に、個別審判を原則とすべきか、それとも併合審判の利を優先させるべきか、という問題については論議のあるところであるが、実際問題とし、動機、目的を共通にし、共同の意思にもとづいて行なわれた集団的犯行とされるものについて、関係の被告人らが統一公判を求めることは、心情としは、十分首肯できるところである。したがって、裁判所としても、いたずらに被告人ごとに手続を分断するようなことは避け、関連する事案は、事案の性質、関連の程度、立証の便宜、法廷の規模、訴訟指揮についての従来の経験等、種々の条件を考慮しつつ、できるだけ併合して審理するという方向で検討を続けてきた。しかし、種々の制約をまぬかれない現実の審判手続は、単なる理想論で割り切られるようなものではない。」とし、「そこでわれわれは、理論的、実際的なあらゆる観点から、慎重な討議を重ねた末、結局、適正規模における併合審判以外に適当な方法はなく、弁護団の全面的な統一公判の要求は、遺憾ながらこれを容れえないという結論に到達した。」と述べ、その理由として、「まず第一に、併合審判の範囲を定めるにあたっては、裁判官の審理にあたっての認識能力の限界ということを考えなければならない。」「第二に、多数の被告人を集めた統一公判では、傍聴人が驚くほど多数にのぼり、傍聴できないものが、法廷外にあふれるような事態も予想されないではない。また多数のやじ馬や反対派の人々の傍聴も考慮にいれなければならない。」「漫然と大規模な統一公判にふみきるならば、それは、被告人らの身体の安全確保の問題をもふくむ、法廷内外の秩序の維持について、裁判所は、自ら尽くすべき職責を怠ったとの非難をまぬかれないであろう。」第三に、「弁護団は、東大事件では、個々の構成要件事実の有無を判断するだけでは、行為の正しい意味づけや評価が不可能であって、被告人らの行動の全体に視点を置く必要があることを特に指摘する」が、「このことは統一公判でなければできないというような性質のものではない。背景事実に関する共通の証拠をどのようにして取り調べるかについても、証拠法の運用と現実に即した各法廷の工夫により、真に必要適切な証拠を適当な方法で判断の資料とするための実際的な方策が存在するものと考える。(その方策については、検察官および弁護人の協力をえて十分検討したい。)」と述べ、結局、「弁護団の主張する統一公判の方式を全面的に受け入れることはできなかったが、できる限りその要望に近づく考えの下に、被告人らを幾つかのグループにわけて審理するという方式によることとなった。」というのである。

(3) 以上のように、弁護団が要求する全面的な統一公判という審理方式については、裁判所側からこれを受け入れがたいとする方針が示されたことにより、両者の交渉は事実上決裂した。そして、その後東京地方裁判所は、右「基本方針」にいう「被告人らを幾つかのグループにわけて審理するという方式」により被告人らに対する審理を開始したが、これに対して弁護団は、あくまで全面的な統一公判を要求する立場から、各法廷において、裁判長の訴訟指揮に対して抗争的な態度を示したため、弁護団を構成する多くの弁護人が法廷等の秩序維持に関する法律に基づき過料等の制裁を受けた。原告も、叙上認定の制裁のほか、昭和四四年六月二六日の門馬法廷における言動を理由に同日三万円の過料に、また、同年七月一一日の清水法廷における言動を理由に同日三万円の過料にそれぞれ処せられている。

以上の事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  そこで、叙上認定に係る原告の昭和四四年一〇月二日の井口法廷及び同年一一月五日の岡垣法廷における各言動が法五六条一項に規定する懲戒事由に当たるかどうかについて検討する。

ところで、法五六条以下に規定する弁護士に対する懲戒の制度は、弁護士会(日本弁護士連合会を含む。以下同じ。)の自主性、自律性を重んじ、弁護士に対する指導、監督作用の一環として設けられたものであるから、ある事実関係が法五六条一項所定の弁護士に対する懲戒の事由に該当するかどうか、該当するとした場合にどのような懲戒をするかについては、当該弁護士会(本件の場合、被告日本弁護士連合会)が、その裁量権に基づき、弁護士の使命の重要性、職務の社会性等の諸事情を総合的かつ合理的に勘案して判断すべきものであると解するのが相当である。

しかるところ、叙上認定のような経緯・経過によれば、原告が井口法廷及び岡垣法廷において叙上認定のような言動を行うについては、その弁護する被告人らに対する公判の審理方式として、あくまで全面的な統一公判の方式を要求し、裁判所が採用した「被告人らを幾つかのグループにわけて審理するという方式」に対して強い抵抗の姿勢を示そうという動機・意図があったものと推認されるが、原告を含む弁護団が要求した右統一公判の方式の当否はともかく、叙上説示認定の事実に照らせば、原告が井口法廷及び岡垣法廷において行った叙上の各言動は、その発言の内容、態度、方法等において著しく妥当性を欠き、正当な弁護活動の境域をこえるものであり、被告主張のとおり、右各言動は、それ自体、法五六条一項所定の懲戒事由である弁護士の品位を失うべき非行に当たると解するのが相当である。

したがって、これと同旨の判断の下に右各言動につき、原告を懲戒することとし、原告に対し、法五七条二号所定の期間内である四か月間の弁護士業務の停止を命じた本件処分には、裁量権の範囲を超え、又は裁量権を濫用した違法はないというべきである。そして、本件全資料を検討するも、右認定判断を左右するに足りる事実の立証はない。

2  原告は、被告懲戒委員会の議決書の理由中の記載をるる指摘し、本件処分は井口法廷及び岡垣法廷における原告の言動にとどまらず、右理由中にいわゆる「全体的事実」なるものを懲戒の事由とし、さらに原告の内面の思想をも推し測り、これをも懲戒の事由としている旨を主張する。

しかしながら、前顕乙第一号証(懲戒書)によれば、被告懲戒委員会の議決書の理由中、原告の右主張と関係する部分の記載は、別紙四「被告懲戒委員会議決書(理由抜粋)」記載のとおりであって、被告懲戒委員会が認定判断した原告に対する懲戒の事由が、原告の昭和四四年一〇月二日の井口法廷及び同年一一月五日の岡垣法廷における叙上の各言動であることは、右認定に係る議決書の理由中の記載それ自体によって明らかである。

なるほど、右認定に係る議決書の理由中の記載によれば、被告懲戒委員会は、いわゆる東大裁判における審理方式をめぐる裁判所と弁護団の交渉の経過、弁護団が採用した弁護方針等について認定判断し、その弁護方針について否定的評価を加えていることが認められるが、右のような認定判断及び評価は、原告に対する懲戒の事由である原告の井口法廷及び岡垣法廷における各言動に対する認定判断そのものではなく、右各言動の発生をめぐる事情に関するもの(以下事情判断と略称する。)というべきであるから、被告懲戒委員会が右のような認定評価を行ったことをもって、原告が主張するように、原告に対する懲戒の事由が右理由中にいう「全体的事実」であるとか、また、原告の内面の思想等が懲戒の事由となったという批難は当たらない。しかも、原告の批難する右事情判断を除外して考察するも、叙上認定説示の事実関係のもとにおいては、本件懲戒事由に対する被告の本件処分は適法相当というべく、裁量権の逸脱、裁量権の濫用の存しないことを叙上認定判断のとおりである。したがって、原告の右主張は理由がなく、採用することができない。

なお、原告は、前叙のとおり、本件処分の手続上の違法事由としても、本件処分においては、原告に対する懲戒の事由が、井口法廷及び岡垣法廷における原告の各言動のみならず、右理由中にいう「全体的事実」ないし原告の内面の思想等にあったため、原告はこれらの事由について防御権を行使することができず、また、それらの行為については除斥期間が経過していることなどを主張するが(請求原因2(一)(5)の②ないし④)、本件処分における原告に対する懲戒の事由が原告の右各法廷における叙上各言動であり、その余のものでないことは叙上認定説示のとおりであって、右主張は、その前提を欠くものというべきであるから、理由がなく採用することができない。

四  以上の次第であって、本件処分には原告が主張する違法事由は存在せず、本件処分は適法であるというべきであるから、その取消しを求める原告の本訴請求は理由がないので、これを棄却すべきである。

よって、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 後藤静思 裁判官 大内俊身 橋本和夫)

<以下省略>

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